Still Life

残念IT系母ちゃん。旦那さん、娘1歳、猫の4人暮らし。

赤毛のアンのアニメDVDを見ました

ここ2ヶ月ほどでしょうか、アニメの赤毛のアンのDVDを、ちょっとずつ借りて見ていました。小さいときに再放送で見たはずの世界名作劇場のやつです。


原作(の翻訳)の本もまた、小学生くらいのときに読んだのですが、昨年ごろにまた読んでみたのです。このときに、子供のときとたいへん違った印象を持ち、新鮮に感じました。自分は、アンではなくマリラの気持ちになって読んでいたのです。


アニメも、ぴったり同じものを小さいときに見ていたはずなのに、とても新鮮に感じました。わたしはやっぱりマリラになっていました。
小さいときは、神経質で気難しい人だと思っていたマリラは、不器用で照れ屋で、ちょっとおっちょこちょいな女性だとわかりました。


本を読み返したときに、いちばん感動したのは、マリラがアンを引き取ろうと決めたときに言う言葉です。「人は皆ちょっとずつ割を食うことで世の中を支えあっている。気ままな独身生活をしてきたわたしも、ついにそのお鉢が回ってきたようだ」というようなことを言うのです。アニメでもしっかりこのシーンがあって、やっぱり感動しました。
「なんでわたしだけが」などと思いがちな気分のときは、マリラのこの気概を見習いたいと思います。


本と違って感じたのは、アンがクイーンズ学院に入って以降のことです。本ではずいぶんと駆け足だった印象でしたが、アニメでは丁寧に描かれていて、アンがすっかり大きくなったんだなあと感じることができました。
読み返したときも多少は感じたのですが、アニメでは特に、奨学金を辞退したときの穏やかな決意が、本当に感動的になっていました。


子供の頃読んだときは、アンがとても模範生的な、あるいは悲壮な決意によって、大学進学を諦め、マリラのそばに居る、家を守ると決めたように思っていたのですが、そうではなく、心から願っての選択なんだと思えて、その流れの穏やかさと芯の強さに、うっとりしてしまいます。


神は天にいまし、すべて世は事もなし


アンが恩師に手紙を書きながら、こうつぶやいてアニメは終わります。


そうそう、「アオドリーはどういう時に泣くの?」とまじめに聞かれるほど、泣ける話で泣けないわたしですが、マシュウが死んでしまった回ではちょっとうるっときました。