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Still Life

残念IT系母ちゃん。旦那さん、娘1歳、猫の4人暮らし。

#捏造記憶 で思い出した雑多なこと

zuisho.hatenadiary.jp
素晴らしい語り部は、話の聞きだし方もうまかったの巻。
なぜだかつい思い出したことを書きたくなってしまう、ズイショさんの筆力に感動しつつ、わたしも調子に乗ってブログ記事を書いてしまいます。

俺は、みんなの捏造記憶の話を聞きたい - ←ズイショ→

自分が赤ん坊の頃に関する母親の話をあまりに何度も聞いたのでまるで自分が覚えているかのような記憶になっているのはある。理由がはっきりしている捏造記憶になるのかな。

2016/08/30 08:10

この内容を薄めて引き延ばしたのが今回の記事です。取り上げていただいたのが嬉しくて小躍りしながら書いています。

抹茶ケーキ事件

クリスマスイブの晩に、父が勤務先の千葉からチョコレートケーキを買ってきました。
当時は実家から千葉(市)に出るまで電車で1時間近くかかる環境でした。
母、兄、わたしと家族全員で見守る中、父がナイフを入れると、中から抹茶の粉がふわーっと舞いました。

おおー、中が抹茶だーと盛り上がる家族。

家長の父がまず一口食べましたが、一言、これはだめだと。

抹茶の正体はカビだったのです。

購入したケーキ屋さんに電話すると、電話が来るのを待っていたかの応対があったようです。
もう夜も遅いのに店長と売り子さんが新しいケーキを持って謝罪に来てくれました。
どうやらショーケースに飾っておく用の見本にしていた分を包んでしまったのが原因らしいです。


実家で「抹茶ケーキ事件」として語られ、わたしも当時住んでいた家のコタツに入って一緒に過ごしていた記憶になっていますが、まだ生後1ヶ月ほどの赤ん坊なはず。
母の語り口があまりにも生き生きしていたため、わたしの輝かしい捏造記憶となっています。

飴売り失敗

母の食べ物に関する描写の鮮やかさは際立っていて、その語りは食料が不足していたはずの時代にも及びます。
もはや捏造記憶ですらないのですが、こんな話もあります。

母は九十九里浜沿いの農家に生まれ育ちました。戦中か戦後かは、聞いたわたしが忘れてしまいましたが、母の子供時代のある日、なぜか砂糖が大量に配給されたことがあったそうです。砂糖は高級品ではありますが、1家庭では消費しきれない量だったそうです。
母の家に居候していた親戚が、飴を作って売ろうと思いつき、土間に機械をこしらえました。パイプからアツアツのべっ甲飴がにょろにょろと出てくるのを、はさみで切っていき、くっつかないように粉をまぶして袋詰めをしたそうです。この袋詰めを母が手伝ったそうです。そして結局全く売れなかったというオチまでつきます。
次から次へと出てくる飴を親戚のおじさんがはさみでパチパチと切っている様子が目に浮かんできて、もはや目の前の母がわたしなのではないかと錯覚するレベル。わたし自身が捏造なのかと疑ってしまいます。

疎開まで

母は疎開の記憶までも明るく楽しく語ります。九十九里浜沿いの農家なのに疎開したと聞いたときはわたしは驚きました。都会の子が田舎に行くものだと思っていたので。いよいよ本土決戦という段になると、まっさきに上陸されるのは九十九里ということで、ある暑い夏の日、牛車に荷物を詰め込んで疎開を開始したそうですが、数日のうちに終戦を迎えたのでまた戻ってきたのだそうです。
これだけの話を聞いただけでわたしは、母の生家の周辺の田んぼしかない風景と、長柄町あたりの山寺の風景を交互に思い出し、さらに母が楽しそうにこの話をするものだから、お弁当を用意してピクニック気分だった小さな女の子のことを想像してしまいます。

子猫と昼寝をした記憶

さてわたし自身の本当の最初の記憶はというと、猫たちと一緒に昼寝をしたというものです。

暖かい春の日か、あるいは小春日和だったのか、家には暖かい日が差し込んでいて、そこに母が青い布団を干していました。
当時家にいたシャム猫が子猫を何匹か産んだばかりで、たぶん3匹か4匹くらいの小さな焦げ猫がいました。
子猫たちは干した布団のうえで川の字になって昼寝をしていました。わたしはそれを見て、わたしもねこたちと昼寝をしたいと思うと母に言い、母にはじゃあそうしなさいと言われました。わたしは猫たちに混ざってごろんと横になりました。

ここで記憶は終わりです。

小学生のころこの記憶の話をしたら、それはあんたが2歳の頃のことだよと母から教えられました。そして母はこの時に、猫たちと一緒になって昼寝をしているわたしの写真を撮ったと言っていました。
その瞬間、あれ?わたしその写真見たことがある気がする。もしかしてその写真を見て、どんな写真なのか誰かに教えられ、それが自分の記憶のようになってしまったのでは・・・?と思いましたが、黙っておくことにしました。
2歳からの記憶があったほうが賢そうだったので、自分の記憶だということにしておきたかったようです。

しかしわたしの赤ん坊のころからのアルバムに、そんな写真はなかったんです。母も首をかしげていました。

わたしの話からの母の捏造記憶なのか、誰かの話からのわたしの捏造記憶なのか、写真はどこか別の場所に実在するのかしないのか。
謎ではあるのですが、青い布団に反射する暖かい日差しと、同じ格好でのびる子猫たちの鮮やかな画像は、やっぱりわたしの最初の記憶としてとっておくことにします。

追記

Twitterでフォローしてくれてる友人が、この写真では?とリツイートしてくれたのがこちら。

うわー完全一致だわこれ。

と思わずにはいられないのですが・・・
まさにこの時に母とアルバムを眺めて、この写真じゃないのよねって話をしていたので、残念ながら違うと思っています。
しかしこうして改めて見ると、まさにこの写真では?と思ってしまいます。
人に指摘してもらうと、そうだなあと思ってしまう、悲しい性質があるようです。

  • シャムの子猫と一緒に昼寝をした(確実に本当で何度もある)
  • シャムの子猫と一緒に昼寝をしたところを写真に撮られた(確実に本当だがその結果に記憶違いがある)
  • シャムの子猫と一緒に昼寝をしたことを記憶している(捏造疑惑)

あたりのようです。