Still Life

残念IT系母ちゃん。旦那さん、娘1歳、猫の4人暮らし。

育休明けの勇気が欲しい。「朝2時起きで、なんでもできる!」を読んだ

朝2時起きで、なんでもできる!

朝2時起きで、なんでもできる!

図書館で借りました。文庫本の語学の棚にあり、語学なのに自己啓発!?と思って手に取ったのがきっかけです。著者は同時通訳者で、結婚後に子育てをしながら通訳の勉強を始めた、その経緯を書いた本でした。育休明けに生活を回せるか、かなり不安に思っているから勇気が欲しかったののかもしれません、借りてしまいました。タイトルで相当あおっていますが、内容はエッセイとして読むにはなかなか悪くないものでした。
ちなみにタイトルのからくりは、子供を寝かしつけながら夜8時に一緒に寝てしまい、午前2時にひとりで起きて朝まで勉強や仕事をする生活習慣を著者が行っていたということです。最近「寝かしつけの時自分も眠くなって困る」という内容の育児ブログも読んだので、人によってはちょっとしたコロンブスの卵になるかもしれません。
何かに困った時に、思い切った、そして常識外れともいえる生活習慣の変更が打開してくれる可能性もあるということは覚えておきたいです。

さて内容。節のタイトルを拾ってみると、「フツーの主婦が、「同時通訳」を目指す」なんて文言もあり、「東大卒は普通ではない」という突っ込み待ちかなあとのんびり考えてしまいます。
朝2時起きをする前は「12時過ぎに寝て7時ごろ起きる、ごくふつうの夜型人間」だったそうで。いやいやきちんとしすぎ。今わたしはきちんとした生活を心がけて心がけてやっとその生活なのに。
しかし昨今の格差社会の話などをネットで読んでいると、この方は本気で自分は普通の環境にいる普通の主婦だと思っているんだろうなあと思い直しました。
本当にすごい環境なんです。読書ノートに書かなかったので表現は忘れましたが、就職もなんだか思いつきの自己実現の手段だったようです。そして同時通訳の勉強を始めた理由が、旦那さん(どうやらITの技術者)がアメリカへ社会人留学するのに同行するから、英語をものにしよう、どうせやるなら同時通訳、と思ったそうですが、旦那さんが会社から留学!帯同できる!住んでいるアパートが「大学院生用の家族寮」!?というまるで想像したことのなかった世界でした。

「脚がたくさんある椅子は倒れにくい」と題した節にはこう書いています。

ひとつしかないものを「守る」ことは、実はとても大きなエネルギーを必要とします。何かを一生懸命守ろうとして、外から見ていると不思議なほど大きなエネルギーを使って苦労している人に出会ったことがありませんか?「守るためのエネルギー」が大きくなりすぎて、ほかにエネルギーが回せなくなると、動けなくなってしまいます。
椅子の脚を自分の気持ちと努力で増やせば、守るためでなく「やりたいこと」にエネルギーの100%を注ぐことができます。本当に守るべきことにエネルギーをとっておくことができます。そして何より、自分自身がラクです。

何ですかね。今更「東大卒」だの「自己実現のために就職」だの「旦那の留学」だのといったワードには無駄な嫉妬心で心をかき乱されないつもりでいたのですが、この表現にはなんだか切ない気持ちでいっぱいになりました。不器用で苦労している人を見ると「不思議」なのか。気持ちと努力で手札って増やせるのか。守ることとやりたいことの2つはエネルギーを割り振るときに同等の選択肢になるのか。
これがもし、別の「目的と手段を取り違えない」という節で、「目的に達するまでの方法を一つと決めて、それしかないと思うとうまくいかなかったときに辛い。どんどん方法を変えよう」と言っている時に出てくるのなら、斜に構えずに読めたのかもしれません。

こんな素晴らしい環境で生活している著者。駐在妻よろしく優雅で怠惰な生活を送ってもいいところ(わたしなら絶対そうする)を、決死の覚悟で英語の勉強をするなんて、相当な努力家であろうことは確かです。そしてこの方の前向きな性格やどんどん行動に移すところなど、環境がいいからだと決めてくさす人には及ばない、素晴らしい人なんだろうなと思います。

努力の人であることが垣間見えてくると、煽ってるのか?突っ込み待ちか?などのあまのじゃくな気持ちが消えてきて、関心してきます。

どうやって英語が聞こえるようになるのか、人によって違うのでしょうが、私の場合は「気がつかないほどの薄皮を剥ぐように、少しずつ、少しずつ」という感じだったようです。

英語にしろ、バイオリンにしろ、わたしは長年憧れて取り組んでいるというのに一向にだめなのですが、この感覚はすごく共感してしまいました。誰しも、何にしても、そうですよね。そして成果が実感できなくていつしかやめてしまう。わたしたちは、ある日突然英語がペラペラになったり、バイオリンが美しく弾けたりすることをあまりにも夢想してしまうのです。

目標を決めてそこに向かって努力する方法「ビジョニング」と「マネジメントシステム」

来ました手帳ノート系の自己啓発。この分野大好きなんです。こういう話が大好きでよく読むのに、わたしの夢は一向に実現しないのはなぜなんでしょうか!!

ビジョニングというのは、自分の目標を究極の姿(=ビジョン)として描くことです。できるだけまざまざと思い描くことがコツだそうです。自分の腑に落ちている度合い(どれだけ納得しているか)が係数になって目標に向かうパワーが決まるようです。ふむふむ。
それから、ある程度時間枠を考えることも必要だそうです。「いつまでに」ということを考える。ふむふむ、手帳術でありがちなお話ですね。

今まで読んだことのないポイントも出てきました。それが「人には言わないこと」。大抵、周囲に宣言して強制力を出しましょうという話になるので、ちょっと意外でした。いわく、他人に話すとガス=勢いが抜けてしまうから、ということのようです。

そしてマネジメントシステム。
これもそこらへんに転がっていそうな手帳術の雰囲気があるワードですが、あせらず、くさらず、たゆまず進めるしくみ、と説明されていて、継続が大事ということを印象付ける良い導入でした。
ポイントは3つあがっています。ひとつは、「自分で自分にリズムを作る」。3ヵ月を1学期として、ノートに目標や自己評価をつけていたそうですが、これで軌道修正や中だるみを防いでいたそうです。ノートをつけることで、ふたつめのポイント、「どんなに小さくても進歩が見えれば挫折しない」ということに役立つそうです。

毎学期、最初に少し時間をとって、「何を」「どうやって」勉強するかを考え、「目標」と「活動(具体的に取り組む内容)」をノートに記録しました。

勉強ではなく、生活を良くしたいと思っている場合でも、これは良いかもしれません。たとえ数か月後には忘れてしまっても毎年新年は気持ちが切り替わってその年の目標とか立てたくなるものなので、そんな機会を年4回も設ければ、目標を達成する可能性は高まりそうです。
3つめのポイントは、「目的と手段を取り違えない」ということ。「このルートしかない!」と思うと、うまくいかなかったときにつらくなる。だから、ゴールに達するためのオプションをできるだけ用意すること、それに選んだ方法でだめなら、自分を責めずに方法を変えること。この「自分を責めずに」次に行ってみようーってのは心強い話です。そして、方法を変えるにもいきあたりばったりではなく、ノートに記録して次につなげるのが良いとのことです。

いいですねマネジメントシステム。ノート好きとしては大満足のお話でした。

その他メモした小技
  • 忘れた単語が戻ってくるシステム

英単語の復習のタイミングを工夫する。前日、3日前、5日前、7日前、2週間前に覚えた単語を取り出して復習し、英日、日英ができなければループする。しかし著者本人は「一年経つころには200も300も単語が出て来てウンザリ」だったそうで、努力の人でも1年が限度のよう。

  • やめるのはだめ

同じページを繰り返し学習して気分を良くするといったやり方を紹介したあと、

自分でもわかっている子どもだましですが、こうやって自分のご機嫌をとったりなだめたりしながら、なんとか続けられる方法で続けるようにしました。やめてしまっては、絶対にそこから進めません。それだけはたしかですから。

  • 「先生」を買って出る

自室にこもってばかりでなく、YWCAで講師を買って出たりしていたらしい。IT技術者は自分から何かを発表する機会を得ようと思えばいくらでも得られることは百も承知ですが、わたしは絶対にやりたくない。。

  • 「要領がいい」の定義

同じ時間でも集中度によってできる仕事の量は大きく変わる。[できる仕事の量]=[時間]×[集中度]。何が必要なのかをできるだけ早く見分け、そのために何をすべきかを判断し、集中して実行することを「要領がいい」という。

閉じた自己啓発は心地良い

自己啓発書を社会学的に分析した本「日常に侵入する自己啓発」では、社会問題、労働問題を度外視して過剰に自己責任を煽ることが問題と指摘していて、この本も、悪意はないにしろすっぽりとあてはまってしまうと感じます。
わたしは無意識にも、仕事として通訳をしている時の時間管理法は飛ばし読みをし、家事と育児を適当にこなしつつ英語の勉強をしていた時の話を熱心にメモしていました。仕事や人生観が引き合いにされる舞台で自己啓発を語られると抵抗感があるのに、そうではない、自分だけの世界に閉じることができれば、その中での自己啓発はとても心地が良いようです。
役に立つまでに至っていない語学や楽器など、完全に自己満足の世界です。
しかし、たとえ「薄皮を剥ぐような」成果であっても、閉じた世界の中で努力したことは、振り分けられた環境や社会問題、あるいは評価する側の資質といった理不尽な要因での評価にさらされた場合と違って、決して自分を裏切らない、そんな期待があるのだと思います。

これから立ち向かう、育児と仕事との両立という課題に不安がつのっているのは、自分だけの世界、自分だけの時間が少なくなることへの不安が大きいんだろうなあ、逆に今まで贅沢な時間の使い方していたんだなと思っています。