Still Life

生活の記録。

マナーに思うこと

知人の結婚式に招待された時。トータルとしては良いお式だったなあと思ったものの、親族が上座、仕事関係の知人が下座だった点がどうしてもモヤってしまったことがあります。
手作り結婚式というスタイルの中で、下座に座らされた同輩らしき人が食事を楽しむ暇がほとんどないほどコキ使われていたのも気になりました。
とはいえ、じゃあわたしはフォーマルな洋式のパーティーとして完璧な振る舞いだったかというとちょっとわからないので、お互い様な部分もあるだろうなな・・・と腹に収めようとしているわけです。
しかしこうして何年も経った今、話の導入として書いてしまう程度には根に持っているのです。

マナーなんて関係ない、要はハートだという心意気はあるとします。
でもその結果、意図しない人を意図しない形でないがしろにしてしまうのが、マナー違反なのです。
だから、マナーはぜひ知っておく必要があるんだなと思います。

今日のホッテントリにこんな記事がありました。
washoku-no-umami.jp

コメントが賛否両論だし、非常に幅の広いこの記事を抵当徹尾信じていいのかわからないです。たとえば「おかわりをするときは少し残してから」とか意味がわかりません。いっそ「おかわりはマナー違反」と言ってくれたほうが納得します。いや納得するかの問題ではないんだけど。
移り箸の説明がわからなかったのぐぐりました。「おかずとご飯を交互に食べずにおかずからおかずに箸を進めること」のほかに「一旦食べようとしたものをやめて別のものを食べること」の意があり、前者は現在では嫌い箸にはならないとの解説がwikipediaにありました。この記事に沿うと、最後のご飯と香の物は交互に食べましょうという内容になるのかなと思いました。
服装の項のアイキャッチも、たぶん単にフォーマルな服装を挿入しただけなのに、最も望ましい服装の例であるかのような印象を受けてしまって、記事全体の信ぴょう性を削っているようなあとか思ってしまいます。
茶碗蒸しはかき混ぜて食べて良いというのは意外でした。信じられません。最初にぎんなんを探すわたしは論外ですが。

この記事で印象的だったのが、重大な点としてあげられている「止め椀」についてです。
食事の最後に出されるご飯と一緒のお椀のことですが、これが出されたらお酒は終わりです。
わたしはこのルールを、実母から、「お客さんがお酒を楽しんでいる間はご飯をお出ししてはいけない」という形で教わりました。

わたしの母とその実家は誰もお酒を飲まない家庭でした。母がこのことを知らないまま自宅に招いたお客(たぶん父の親族)に、早々とご飯をお出ししてしまい、微妙な空気にしてしまったそうです。色々つまめるのが良かろうとせいいっぱいの善意で出したのに、そんなことになってしまって、それを母から聞いただけでわたしも悲しくなってしまいました。そういえば父は家族と一緒の夕飯の時もご飯だけは一緒に食べず、酒が一段落してからよそらせていました。母は、わたしの旦那さんがお酒を飲む人だから夕飯の時に注意せよという趣旨でこの話をしてくれましたが、大丈夫。うちはお酒とおつまみとご飯、全部いっぺんに楽しむカップルでした。

母に教わったあと、旦那さんに話題にしたところ、ほっとしたことに、旦那さんも、知らなかった、ご飯とお酒一緒でいいじゃん、と言ってくれました。
なのでウチではお上品にマナーに従うことはないのですが、母から聞かなかったらこの点もこの記事での違和感になってしまったかもしれません。

このマナーを知っていて良かったと思うのは、実際にそういう席に遭遇した時です。
もちろん頻繁に懐石料理を食べる家ではありませんが、旅館に泊まるのは大好きなので、その夕飯の時です。
どこでもご飯とお椀は最後に出されます。このマナーを知らなかった時は「おかずと一緒に食べたいのに・・・」とちょっと不満でした。
これは旅館の都合というよりマナーなんだと分かった今は、堂々とメインのお料理の頃に、「申し訳ないがご飯も一緒に持ってきてほしい」とお願いしています。


あと記事を読んだ感想として、今度和紙のお店に立ち寄ることがあったら懐紙を買っておこう思いました。

2歳児の親になった今、見聞きする事は全て自分に向けてみると同時に、子にどう伝えられるかという点を考えてしまいます。
今回はマナー。わたしはフォーマルな場でのマナーを親から教わった記憶は、フォークの背にご飯を載せるレベル以上のものがありません。子に伝えるほどのマナーが身についていないし、機会を与えられるかもわかりません。
以前Twitterで、「中学生や高校生の時に課外授業でテーブルマナーを習った」という話を読みました。私立の学校などはやるのでしょうか。そんな発想すらなかったわたしはかなりの衝撃でした。こんなところに教育格差が・・・。
ならば私立の学校に、と転換できる経済力ではないので、フォーマルなマナーを学ぶ機会は本人に任せることにします。かわりに、普段の生活で人を思いやる言動をすることを念頭に、育ちの良さそうな庶民を目指す所存です。